






1990年、香港からユーラシア大陸を旅して、アジア、ヨーロッパを30か国、貧乏海外放浪した。マレーシアでは食堂で食べていた時に見知らぬお年寄りから、日本のおかげで独立が出来た感謝していると突然告げられた。タイでは戦場を掛ける橋のモデルとなった泰緬鉄道の戦争博物館を訪れた時は唾を吐きかけられた。ユダヤ人虐殺したアウシュビッツ刑務所では、膨大な遺髪を目にして鳥肌が立った。
アジアのバックパッカーの安宿で本名の「ヒロユキ」を告げると、それは「ヒロヒトエンペラー」と読み方が一緒だから名乗らないのが良いと言われたことが何度か遭った。そして、「ヒロユキ」を中国読みして「yuutexii(ユウティイ)」とし、英語で「Unconfirmd Transfomer(怪しい人)」と呼ばれるようになり、バックパッカーネームからネット世界のハンドルネームとし使われ、今に至る。「yuutexii」という呼び名は、戦後の今を紡いでいる。終戦から80年目、今を生きる人は何を想う。


三十年以上前、セローでツーリング時に土砂降りに遇い、雨宿りで世話になった思い出の地とは、今でも毎年訪れています。爺さんは亡くなったけど、88歳の婆さんは去年より元気になっており、束の間の癒し時間。
履歴を見ると、最初に訪れたのは25年前みたい。


子育ての時期にお世話になりました。小学校4年生(カブスカウト最終年)に21キロハイクを敢行。








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