僕の細道

日々の戯言と備忘録を掲載中。 尚、不定期更新ですので、悪しからず。

終戦記念日

 戒厳令下のルーマニアブカレストにて、撮影者はブカレスト新聞の記者

 

1990年、香港からユーラシア大陸を旅して、アジア、ヨーロッパを30か国、貧乏海外放浪した。マレーシアでは食堂で食べていた時に見知らぬお年寄りから、日本のおかげで独立が出来た感謝していると突然告げられた。タイでは戦場を掛ける橋のモデルとなった泰緬鉄道の戦争博物館を訪れた時は唾を吐きかけられた。ユダヤ人虐殺したアウシュビッツ刑務所では、膨大な遺髪を目にして鳥肌が立った。
アジアのバックパッカーの安宿で本名の「ヒロユキ」を告げると、それは「ヒロヒトエンペラー」と読み方が一緒だから名乗らないのが良いと言われたことが何度か遭った。そして、「ヒロユキ」を中国読みして「yuutexii(ユウティイ)」とし、英語で「Unconfirmd Transfomer(怪しい人)」と呼ばれるようになり、バックパッカーネームからネット世界のハンドルネームとし使われ、今に至る。「yuutexii」という呼び名は、戦後の今を紡いでいる。終戦から80年目、今を生きる人は何を想う。

yuutexii.hatenablog.com

大鹿村大煙火2025

シャトルバス乗り場

大西公園グランドがシャトルバスへの乗り換え場所

大西公園駐車場は早々に満車

大西公園

JR東海リニア新幹線ブースを出店

ブース展示

回すと時期で浮き上がる模型

会場ではダンスグループが踊ってました

大鹿夏祭り

大抽選会

スケジュール

場所確保

周辺の様子

キッチンカー

露店

タンドリーチキン1枚950円

大鹿太鼓演舞

演舞終了

大鹿村大煙火開始

終演

打ち上げられた花火の燃えカスを拾ってます

花火の燃えカス

お疲れさまでした

拾い集めた花火の燃えカス

続 燃えカス

癒されました

大鹿村

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三十年以上前、セローでツーリング時に土砂降りに遇い、雨宿りで世話になった思い出の地とは、今でも毎年訪れています。爺さんは亡くなったけど、88歳の婆さんは去年より元気になっており、束の間の癒し時間。

履歴を見ると、最初に訪れたのは25年前みたい。

原田芳雄氏の遺作となる「大鹿村騒動記」

jiisann

敷地を流れる鹿塩川

子育ての時期にお世話になりました。小学校4年生(カブスカウト最終年)に21キロハイクを敢行。

下の敷地

我が子も遊んだブランコは代替わりしながら健在

樹林ブランコ

ブランコからの展望

88歳の女主人と歓談

母屋の表側の畑は、爺さんが亡くなったのを機会に廃農

山肌の畑も廃農されました

道の駅「歌舞伎の里大鹿」ウェブサイト – 道の駅歌舞伎の里大鹿へようこそ

道の駅から中央構造線を望む

南信州の味、鯉、わかさぎ、鉢のさなぎ、いなご、鉢の子

大鹿の味噌、白菜漬、塩飴、羊羹、クッキー

クッキー